Palais idéal

物置のような雑貨屋のような、紙のような文のような

都会の夢は夜ひらく

はてさて、菊花賞、どうしたものか。

「シュヴァルドール」のいつもの席で新聞を広げていると、アルバイトの花ちゃんが原田相手に話しているのが聞こえてきた。

「月に1度は、伊勢丹に行くんですよ。なんにも買わなくていいんです。ただ眺めているだけで幸せな気持ちになれる、というか」

「買わなきゃ意味がないじゃないか」

原田は納得いっていないようだ。

「買わなくていいんですよ。むしろ、買おうとしたら駄目なんです。持ってるお金のなかで一番いい買い物をしてやろうっていう気になっちゃうんで。とにかく心を豊かにするために行くんです」

花ちゃんの話はなんとなくわかる気がした。

すこし暗い証明のなか、とりどりの服が並ぶ。そのどれもが、歩くひとに強く働きかけている。子どものころ、見慣れたものなどなく、すべてが新鮮に、また固有のものとしてそこに現れていたころの感覚に似ている。

伊勢丹は最後の宝箱かもしれない。すべてを着尽くすことなど到底できない数の服が、プロの手によっていつも清潔に管理されている、「私だけの」クローゼット。

 

むかし読んだ小説のなかで、気分が盛り上がった登場人物が、街の中のあらゆるものを指して「あれは僕の所有だ」と叫んでいたのを思い出す。

 

馬柱のなかで、ナイトインロンドンという馬名が輝きを放つ。

濃い霧に、月をも霞むロンドンの夜に、豪奢なデパートの電飾もきらびやかにのっそりと佇んでいる風景が眼裏に浮かんできた。モダンの原風景。

父はグレーターロンドン。華麗なるロンドン橋一族。母はムーンハウリング。母父はメジロマックイーン。言わずとしれた「メジロ」最高傑作。

父と違い、比較的長めの距離で実績を積んできた。若駒たちの誰もが未経験の三千メートル戦。勝機はあるのではないか。

 

もしこれで当たったならば、花ちゃんにアクセサリーのひとつでも買ってあげよう。